くいしんぼう’s diary

2010年の松竹座に魂を置いてきた。

デビューするということ。


また無料配信が決まってザワついていますが、数多くのジャニーズJr.が目標にしている、
「デビュー」ってなんだと思いますか?


CDを出すこと?露出が増えること?安定すること?


オタクには分からない事情がたくさんあるとは思いますが、わたしは「変わること」だと思っています。

ジャニーズJr.からデビュー組に「変わる」んだからなに当たり前のこと言ってんだって思うかもしれませんが、
今までと変わることを、変わってしまうことを、素直に受け入れられますか?


「変わる」ことが受け入れられずデビューがトラウマになったオタクの末路がこちらです🙋‍♀️



個人的に印象深いのが以下3グループです。

Kis-My-Ft2
ジャニーズWEST
Snow Man


キスマイを中心に、デビュー当時に感じたことをつらつら書きたいと思います。
都合良く改竄された記憶を元に書くので事実と異なることもあるかと思います。また、何も考慮せず当時思った感情ダダ漏れなので、不快に思われることもあるかと思います。
これより先の閲覧は自己責任でお願い致します。
(※全て敬称略)



Kis-My-Ft2

「エビキス魂に入ってないと新規だ」と言われていた頃に二階堂担でした。今でこそジャニーズJr.が単独でコンサートをするのが当たり前になっていますが、当時としてはかなり珍しいことでした。

1stコンサートでは二階堂のらいおんハートに胸撃たれたのを覚えています。
2ndコンサートでは全体進めwwwアーミーパークwwとかチケットいちいち出すの〜?とか言いながら、7つの世界を楽しんでいた記憶です。
勿論3rdコンサートも入っていました。安井が茶封筒を持ってくる映像をテレビで見てドッッッキドキしたのを覚えています。
単独で3回もコンサートをやって、絶対にデビューするんだと思いました。歴と年齢を考えると大分遅咲きではありましたが、3rdコンサートでついに報われました。
念願叶ったデビュー発表に泣いて喜びました。
ついに!やっと!デビューだ!やったー!!!


しかし現実は甘くありませんでした。


玉森裕太、前髪がなくなる
細かいことは覚えていませんが、気付いたらあの玉森の前髪が無くなってました。
前髪命で絶対に崩さない!意地でもおでこ出さない!って感じだったのに……
しかもあんなにチャラチャラオラオラしていた人達が全員黒髪短髪。誰だこれ?私が知ってるのは前髪だけストレートでふわふわパーマかけてる人だったり、名古屋嬢バリの盛り髪した人達なんだけどな?
頭振り回して腰ぶん回してた人達とは思えません。

デビューってキャラが変わることなんだと知りました。

ついでにメンバーと同じくらい髪の毛を盛ってセシルマクビー着てメンカラのkitsonを持ってるようなお姉さんも居なくなってました。kitson撤退してるし。緑のキラキラkitson持ちたかったなあ😢


・Everybody Go披露のMステ
格差売りを知らしめられたMステでした。
宮田横尾千賀二階堂の4人がジャニーズJr.よりも後ろに居ました。ジャニーズJr.よりも目立たない衣装を着ていました。
え?デビューしたのは藤北玉だけだったっけ?
デビュー曲お披露目のMステで悲しくて泣くとは思いませんでした。


・祈りの歌割り
気付いたら祈りの千賀パートが玉森パートに変わっていました。デビュー後に3人を推すのはまだ許せたのですが、ジュニア時代の曲まで変えられてしまったことが悔しかったです。

当時の私の認識としては、千賀は歌が上手いです。今でもそう思っています。藤北の次にパートがあったと思うし、祈りは千賀の曲だと思っています。今でも。


・右目の涙ボクロ
なんか気付いたら二階堂の右目に涙ボクロが出来てた😧
人間だからホクロが増えることはあるだろうけど、あんなくっきりはっきり出来る?絶対入れただろと思った。
なんで?とも思った。可愛いから?風水?
些細なことではあったけど、好きだった頃と顔が変わってしまったことが当時はショックでした。


・封印されたFIRE BEATのバク宙
CDデビューから18日で東京ドーム公演したんですね(ググッた)格差を感じて応援することを続けることを諦めていたのですが、初めての東京ドームでせっかくだしということで入ってました。
さすがに単独は難しく色々なJr.が出てきた気がします。それにやっぱり露骨なまでの格差。辛いなあと思いながら見ていたのですが、忘れもしないFIRE BEAT。

曲が始まり、藤北玉の3人は豪華なステージに乗ってメイン上部に上がっていきました。スクリーンも3人が大々的に映っていた気がします。
4人はメインステージの段差を上がったところで踊ってました。同じグループなのに同じステージにも上げてもらえない、スクリーンにも映してもらえない、同じ衣装を着せてもらえない。悔しかったです。

そしてFIRE BEATと言えば落ちサビ前の二階堂のバク宙。二階堂担としてはあれが最大の見せ場だと思っていました。
どれだけ格差を付けられても、せめて見せ場だけは無くさないでくれと手を組んで祈りました。ダンスパートに入ってもほとんど4人は抜かれず、ジワジワと嫌な予感がしてきます。
もうスクリーンに抜かれなくてもいい。二階堂担以外見てなくてもいい。お願いだからバク宙して!せめてバク転とか軽くターンとかでもいいから!
そんな願いも虚しく、二階堂のバク宙すらも無くなりました。この瞬間にわたしはもう応援出来ないと悟りました。

わたしが好きだったキスマイはデビューと一緒に居なくなりました。


コーリング土下座謝罪
デビュー後のツアーで、どうしてもキスマイコーリングだけは歌えない!と北山が土下座してまで謝ったやつ。
実際見た訳ではないのですが、メンバー紹介曲だったオリジナル曲が歌えないって…………どうして?デビューしたら今までのことは隠さなきゃ行けないの?言っちゃいけないの?歌っちゃいけないの?なんでメンバーが謝るの?
レポを読んだ当時はそんな思いでいっぱいでした。


・舞祭組というグループ
その後、格差のおかげか(?)中居くんが気にかけてくれて舞祭組というグループが出来ていました。この頃はもう応援していなかったとはいえ、かっこいいと思っていた人を「ブサイク」と言われるのは気持ちのいいものではありませんでした。
しかも歌下手扱いされてるし。歌下手な人が単独一発目でらいおんハート歌うんでしょうか?




と、まあこのようなことがあり
デビューが「嬉しい事」だと思わなくなりました。


ジャニーズWEST

・最悪の年越し
デビュー発表の仕方がトラウマになった原因😇
2013→2014のカウコンのことです。2014年へ年が明けて重岡小瀧中間桐山でのデビュー発表。2014年初めての思い出は泣きながら神山担から電話が掛かってきたことでした。
BBVと7WESTが黄金期だと思っている人間なので、これ以上誰も失いたくないという気持ちが強かったです。その後、4人が説得してくれたことが救いでした。

(その数年前に自担である室1が辞めてしまったので、中山優馬w/7WESTでデビューしていたら、B.A.D.がごくせんの頃にデビューしていたら、大智が辞めなかったら、何か1つでも形が違ったら自担は辞めて居なかったのかなとたらればでいっぱいでした。ジュニア時代の曲を歌われるとそこにはもう居ない人達のことも思い出して辛くなるので、当分の間はジャニーズWESTを見れませんでした😇)


Snow Man

関西の件で担当が不在になったわたしが一瞬降りた先が深澤でした。タッキーソロコンで天井席なのに、健気に紫のポンポンと深澤の団扇持ってました。
滝沢革命で鞭で戦うタイプの敵役をやっていたのに、1度も鞭を振るわず捌けていったのがやたら可愛かったのを覚えています。
(ちなみに関東がしっくり来なくてすぐに他界隈へ。最後のジャニーズが深澤😇)

そんな記憶を残したまま、時は2019年。降りた後も度々舞台は見ていました。滝沢革命が無くなっていたので、歌舞伎に足を運んだら、なんかすごいかっこよくなってた😇オリジナル曲もたくさんあるし、豪華な衣装も着てるし、ほぼメインみたいな役してるし!すごーい!と思ったのも束の間。


・6人から9人へ
去年のことなのに、どういった経緯だったかもう覚えてません。めちゃくちゃ荒れてたのは覚えてます😇
わたしもすぐには受け入れられない組でした。ただ、3人も何も悪くないしなあ…というモヤモヤを抱えていました。
実際に9人を見たらまた何か気持ちが変わるかも!と思い、歌舞伎ZEROへ足を運びました。
こんな大先輩と年上の中で頑張るラウールに感動したりもしました。頑張れ〜という気持ちが芽生えました。

ただ「Make It Hot」で9人が並んでいるのを見たときに自然と涙が出てきました。
そして、同じ場所で「Boogie Woogie Baby」を披露した時のことを思い出しました。新曲だと披露して、三宅くんがそれぞれに合うようにと作ってくれたと嬉しそうに話しながら衣装を紹介していたのを思い出しました。きっともう二度と着れないんだろうな、と。
もうわたしの好きだった頃のSnow Manには会えないんだと気付かされました。

それにタッキーの場所を引き継いだことにより、スノがメインになりました。9人になるまで舞台要員としてやっていくものだと思っていました。
もう、歌下手だからってオリ曲貰えないと言われることも、ぶすのーまんと呼ばれることも()、先に書いたような敵C役みたいなのも、ハーネスを付けて肩を叩く姿も、踊りながらステージを引く姿も、もう見れないんだなと寂しくなりました。
なべしょがしょっぴーになってることとか、ニヤニヤしながら踊ってるのが見切れることももうない😇
辞めたわけじゃないのに、名前も残ってるのに、不思議な感覚です。


・阿鼻叫喚ドームでのデビュー発表
そして極めつけのこれです。
5月のたまアリでスノが居ない時点で察してはいました。が、スノもデビューするとは思いませんでした。最初のオープニングから尺長いな〜とは思っていましたが、まさか、あの場で、あのような発表をするとは。

なぜこうもジャニーズのデビュー発表は毎回酷なのでしょう。芸能界の厳しさなのでしょうか?
人生で初めて入らなくてよかったと思った公演でした。




このようなことを体感してから、デビューって良いことなのだろうか?と考えるようになりました。
今までのことを全て無くしてでもデビューしたいと願う彼らを何も悪くありません。それだけの覚悟を持ってデビューを目指しているわけですから。


"ジャニーズJr."だった彼らを好きすぎて、デビューを受け入れられなかったオタクが悪いんだと思います。

結果的に知名度も上がりましたし、レギュラー番組を持ったり、今ではジュニア時代の曲も披露出来るようになっています。アイドルとしてのコンサートだけでなく、ドラマや舞台、アニメ料理とそれぞれのジャンルでお仕事されてますね。ただ、それまで待てなかっただけです。耐えられなかっただけです。


今は昔よりも活躍の場が広がり、グループとしての技術もかなり高くて、誰がデビューしてもおかしくないと思います。もう全員デビューしてくれ。

ただ、みんなの目標である「デビュー」をしたときに、今までのイメージとまるっきり違ったり、人数が変動したり、今までの曲を歌えなくなったりして、
悲しむオタクが少しでも居ないといいなと思います。


そして受け入れられないと、これまでつらつら綴ってきたわたしみたいになります。

未だに2010年あたりの映像を見続けて「あの頃はよかった〜」とか言いますし、ジュニア時代の曲を本人たちや今のジュニアの子達が歌うのを見ると泣けます。

加えて、常に最悪の事態を想像して推していくようになります。グループ組んだら?なくなったら?人数が増えたら?減ったら?あの曲を歌わなくなったら?これが最後の公演だったら?このお知らせが悲しいものだったら?ステージで誰か泣き出したら?いつか自担が辞めたら?


これで懐古厨の拗らせ厄介オタクの完成です!


嫌なら見なきゃいい。と思いますよね?お陰様で受け入れるのに10年近く掛かりました😇お前が受け入れなくたっていいんだよって話なんですけど、やっぱり好きだったものを嫌いなままは辛い。
スノを見れるようになるのはあと何年かかるでしょうか……



好きだったものを嫌いになってしまうオタクが、夢だったデビューのせいで辛い思いするオタクが、増えないことを祈るばかりです。

もう全員今の形のままデビューしてくれ。